【お陰様で好評の内に終了いたしました】
| 第108回企画展 「日光の信仰」 |
平成16年 12月1日(水)〜2月8日(火)
日光における信仰崇拝
日本の人々は、古代より自然などの中に信仰・崇拝対象を見いだしてきました。それ以外にも、現代に至るまでの長い間には大陸から仏教、儒教等様々な宗教が伝えられてきています。ではどのような信仰があったのか、日光山に視点を当てて時代を追って紹介していきます。
まだ仏教が伝来していない頃、日本には雷などの自然現象や大木などを崇める自然崇拝、また神話などの神を信仰する神祗信仰がありました。そういった信仰に加えて、大陸から新しい様々な宗教が伝来し、日本独自の信仰が展開していきます。
奈良時代には、大陸から伝来した仏教が最も隆盛を極めました。仏教は神々の住む山、すなわち霊山として人々の畏敬の念を集めた山に宗教的な意味を与え、山岳そのものを神仏と崇める山岳信仰を教学的に支えます。その山岳信仰の媒体となったのが修験者(山伏)、つまり山の中で修行を行う人達です。彼らは各地に霊山を拓き神霊を祀って仏道修行を行いました。その中、勝道上人という僧が日光山を開山します。上人の行跡は空海の『性霊集』の中に「沙門勝道歴山水瑩現珠碑」として記されています。その後、日光山には沢山の修験者が住むようになり、日光独自の日光修験なるものが成立します。
平安時代になると、仏教と神祗信仰が結合し、神仏習合という仏と神が同一化された信仰が形成されます。その時代の日光山では、弘法大師空海によって真言宗、慈覚大師円仁によって天台宗という仏教の宗派が伝えられたと云われ、その内の天台宗が後の日光山の中心となる仏教となります。この時代形成された神仏習合という形態は、それから約1000年にわたり明治元年の神仏分離が行われるまで続きます。
江戸時代260年余は日光山第53世貫主となった天海大僧正の活躍によって、東照大権現が日光に勧請されて一大霊場として栄えます。東照社(後に東照宮)建造により、新たに東照大権現を崇拝する信仰が加わり、寺社建物の配置も大きく変わりました。徳川初代将軍、家康公が東照大権現として勧請されたことにより、日光山は文字通り日本を代表する名刹としてその名を轟かせることとなります。
| 展示品のご紹介 ※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。 |
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![]() にっこうさんじょごんげんぞう 日光三所権現像 (輪王寺蔵) |
![]() しょうどうしょうにんぞう 勝道上人像 (輪王寺蔵) |
![]() さんのうおえぞう 山王御絵像 (輪王寺蔵) |
![]() ぼんじふどうそん 梵字不動尊 (輪王寺蔵) |
![]() ぎょうじだん 行事壇 【伝天海所用】 (輪王寺蔵) 【重要文化財】 |
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![]() じゃっこうくぎねんぶつえんぎ 寂光釘念仏縁起 (輪王寺蔵) |
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上記を含め、約60件の什宝を展示しております。 |
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| コ川記念財団常設展示 |
ご あ い さ つ
〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団
理事長 コ 川 恒 孝
江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。
コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。
季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
| 展 示 品 目 録 |
| 家康筆 和歌短冊「おくら山」 |
| 家康筆 岩上小禽図 |
| 家康筆 黄初平図 |
| 家康筆 和歌短冊「ついにゆく」 |
| 竹筒 |
| 家光筆 「雪月花」 |
| 家光筆 「一行雁」 |
| 家光筆 枝上小禽図 |