【お陰様で好評の内に終了いたしました。】
| 第116回企画展 「日光山の今昔」 |
平成18年4月7日(金)〜平成18年6月7日(水)
1999年12月ユネスコの世界遺産に登録され、国内ばかりでなく外国からも多くの観光客が訪れる日光は、奈良時代に霊地として開かれてから1200有余年、信仰の山としての古い歴史があります。
日本の地に人が住み始めて以来、この国には独自の信仰がありました。人知を超えた大いなる力を「神」として怖れ敬う原始的で素朴な信仰です。6世紀になり大陸から「仏教」が伝来すると、教理の整った「仏」の教えに「神」の信仰は融合していきます。「神仏習合」すなわち仏教の「仏」が日本古来の「神」を取り込み同化し、仏教と神道とが共存するおおらかな信仰が生まれました。神社の中にお寺が建てられ、山に分け入り修行をする者が場合に応じてお経を誦し祝詞をあげました。仏教と神道、修験道などが渾然一体となり信仰される、日光の歴史はまさにその神仏習合の歴史に他なりません。
鎌倉時代には源頼朝の篤い信心を受け、その後豊臣秀吉に攻められて疲弊しますが、江戸時代、徳川幕府・将軍家に護持されて「日本国」の聖地へと飛躍します。明治になると、仏教と神道が分離せられる政府の新政策によって神仏習合の歴史に終止符が打たれ、現在の「寺社(輪王寺・二荒山神社・東照宮)」のありように変わりました。
日光山は、1200年の時代を超えて、その時々の流れの中で浮き沈みを繰り返し、形を変えながらも、信仰そのものから或いは建造物や宝物を通してその歴史を脈々と現在にまで伝えてきています。
この度、平成の「今」から遠い奈良の「昔」まで、時代を通して受け継がれてきた信仰の歴史を感じて頂けますよう、時代を追って寺宝の一部をご紹介いたします。日光の今昔、その一端をご覧下さい。
| 展示品のご紹介 ※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。 |
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![]() じゃっこうじくぎねんぶつえんぎ 寂光寺釘念仏縁起 (輪王寺蔵) |
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![]() じげんだいしにひゃくごじゅっかいきほうえず 慈眼大師二五〇回忌法会図 (輪王寺蔵) |
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![]() にっこうさんえんぎ 日光山縁起 (旧中禅寺境内) (輪王寺蔵) |
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上記を含め、約60件の什宝を展示しております。 |
| コ川記念財団常設展示 |
ご あ い さ つ
〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団
理事長 コ 川 恒 孝
江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。
コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。
季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
| 教養としての能 |
このたび、徳川将軍家に伝わる能楽関係の資料を、日光で展示することに致しました。江戸時代、能は式楽とされ、諸芸能の中でもとりわけ重要な位置を占めていました。その端緒は、幼少より能に親しんでいた初代徳川家康公にあります。家康公は永禄年間(1558〜70)には年の初めに能の謡をうたう
謡初 を行っており、これは江戸時代を通して年中行事として引き継がれていきます。また、慶長八年(1603)に家康公が将軍に任じられた際は二条城で将軍宣下祝賀能を催していますが、その後も十四代家茂公まで代々、将軍宣下の際には祝賀能が行われました。そうした中で、五代綱吉公のように自ら能を舞い稀曲を復活上演させたりするほど能に入れこむ将軍も出ており、代々の将軍も能に親しんでいたことが知られています。また、明治維新後の徳川将軍家でも能が愛好されていました。和歌や物語を題材とした演劇である能楽は、教養の一部でもありました。
本展を通して、徳川将軍家に伝わる能楽関係品をお楽しみいただけましたら幸いです。
| 展 示 品 目 録 |
| 徳川秀忠筆 謡曲抜書 |
| 鼓(黒塗酢漿草蒔絵) |
| 鼓(黒塗稲に雀蒔絵) |
| 謡曲本 (昭和2年) |
| 謡曲本 |
| 高砂人形(秩父宮様御遺物) |
| 高砂蒔絵印籠(静寛院宮所持) |
| 中版謡曲本 |