【過去の特別展】

【お陰様で好評の内に終了いたしました。】


 第120回企画展 「輪王寺の書画」

平成18年12月8日(金)平成19年2月14日(水)

  現在、ここ日光山は世界遺産として認定されています。その中でも東照宮、大猷院は徳川将軍初代家康公、3代家光公の霊廟です。なぜ日光を墓所として選んだのでしょうか。
 日光山は天平神護2年(766)、奈良時代に勝道上人によって開山されました。日光山には山岳修行の修験者が訪れ、中世期には日本古来の神道、大陸から伝来した仏教が融合した神仏習合の霊場として栄えました。その後、一時は衰退しますが、徳川家康が江戸幕府を開いた後は徳川幕府の霊地として復活します。
 慶長18年(1613)、家康公によって天海大僧正が日光山貫主に任命されます。天海大僧正は家康公・秀忠公・家光公に仕え、特に家康公からの信頼は厚く、彼の宗教顧問の1人でした。元和2年(1616)、家康公が天海大僧正に遺した遺言により久能山に埋葬され、その1年後には日光へ遷葬されました。「関八州の鎮守とならん」と遺した家康公の遺言により、江戸から見て北に位置する日光に廟所を建て、家康公自身が江戸幕府、江戸を守護するということで、東照宮が日光山に創設されました。
 寛永13年(1636)、三代将軍家光公により東照宮の大造営が行われ、現在のような権現造りの豪華絢爛な建物ができました。祖父である家康公に畏敬の念を抱いていた家光公は、歴代将軍の中でも最多の東照宮参拝を行い、日光を訪れています。
 慶安4年(1651)、家光公は亡くなりますが、遺言に「死して後も朝夕東照大権現の側でお仕え奉る」として、敬慕した天海大僧正の墓所もある日光山に大猷院殿として祀られました。大猷院の本殿は北東の鬼門を向いていますが、これは東照宮をお守りするためだとされます。
 家光公の後も東照宮へ将軍の日光社参が行われてきました。その為、江戸から日光への道は整備され、今まで一宗教都市にすぎなかった日光は江戸の守護地として益々盛んになります。参拝に訪れる人々も多くなり、日光は幕府の後ろ盾のもと、一大霊場として繁栄しました。
 此度の展示では、日光山と江戸幕府に関わる資料として、歴代将軍の書画を中心にご紹介していきたいと思います。



展示品のご紹介

※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。



ほっけにじゅうはっぽんわかちょう
法華二十八品和歌帖
(輪王寺蔵)

とうしょうだいごんげんのりと

東照大権現祝詞
(輪王寺蔵)
【重要文化財】


あじろがさ
網代笠
(輪王寺蔵) 
上記を含め、約60件の什宝を展示しております。
詳しくはお問い合せ下さい。 
電話 0288−54−0531


コ川記念財団常設展示
ご あ い さ つ 

〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団   
理事長 コ 川 恒 孝
 江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。

 コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。

 季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

明治維新とコ川宗家
 幕末の動乱期、山積する国内問題や黒船来航による「外圧」に対し、十五代将軍慶喜公は大政奉還を決意し、王政復古・鳥羽伏見の戦いに至ります。 
 徳川将軍家は、十三代将軍夫人天璋院や十四代将軍夫人静寛院宮の歎願によって、朝廷から家名存続を許され、七十万石の大名となりました。この未曾有の難局にあって、コ川宗家十六代当主を継承したのは、当時わずか六歳の田安亀之助(徳川家達)公でした。家達公は、文久3年(1863)御三卿田安徳川家に生まれ、慶応元年(1865)田安家七代当主になり、慶応4年(1867)閏4月29日、十五代将軍慶喜公が隠居謹慎したあとを受け、コ川宗家十六代当主となります。 
 家達公の宗家相続は、十四代将軍家茂公の意志でもあり、亡夫の意を汲んだ静寛院宮が、京都へ家達公の相続を懇願したとも伝えられます。
 コ川宗家の処遇が駿河・府中七十万石(のちの静岡藩)へと決した後、家達公はコ川家随従を願う旧幕臣達とともに静岡へ移ることになりました。
 今回の展覧会では、幼少にして激動期のコ川宗家の命運を一身に背負うこととなった家達公について、当時の写真や書翰などから振り返ります。
 静岡藩知事や英国留学を経験し、家達公が公爵として華族社会のシンボルへと成長していく様子を通して、いままで知られることのなかった明治時代のコ川宗家のすがたをご覧いただきたいと思います。
展 示 品 目 録
六歳の静岡藩知事 徳川家達写真(パネル)
徳川家達自筆消息 天章院宛
徳川家達 一行「山高月小」
徳川家達写真 英国留学中、エジンバラにて(パネル)
爵記(授公爵)
大礼服着用の徳川家達写真(パネル)
徳川家達・泰子写真(パネル)
徳川家達筆色紙三点
徳川家達筆 大字「誠」
天覧流鏑馬図巻


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