【お陰様で好評の内に終了いたしました。】
| 第122回企画展 「地図で見る日光山」 |
平成19年4月13日(金)〜平成19年6月13日(水)
1999年12月、ここ日光山は「日光の社寺」として世界遺産に登録されました。その一つである輪王寺の堂塔は日光山の境内様々な場所に建てられています。今回の展示では輪王寺の建造物と、その関連品を一部ではありますがご紹介します。まず輪王寺について簡単にご説明したいと思います。
輪王寺の歴史は古く、天平神護二年(766年)、勝道上人によって開山されました。千手観音を祀った四本龍寺という草庵が輪王寺の起源です。現在、この四本龍寺には観音堂と三重塔が遺されており、三重塔は3月末日に大修復が完了し再建された江戸時代の姿に復元されました。
嘉祥元年(846)、慈覚大師円仁により、日光三山を祀った本堂である三仏堂、僧侶修行道場である常行堂・法華堂が建てられるなど、日光山の堂塔は中禅寺もあわせ37棟を数える程に広がりをみせました。また、鎌倉・室町期には修験者により入峰修行が盛んに行われるなど、日光山は所領十八万石、僧坊約五百の一大霊場として全国に知られるようになりました。
戦国期に入ると、豊臣氏により領地の多くを没収され、一時は衰退しますが、徳川家康公が江戸幕府を開いた後は、家康公の信頼厚かった天海大僧正が日光山貫主(※1)となり復興されます。家康公を東照大権現として日光東照宮の建立、将軍社参、京都・琉球等からの使者参拝や、庶民の霊場参詣など江戸期の日光は隆盛を極めました。また、天海大僧正の後江戸時代を通して、天皇家の皇子が輪王寺門跡(※2)として13代に渡り日光山を総括しました。
明治4年(1871)には日光でも神仏分離令が施行され、お寺と神社(仏と神)を分離させて考える思想が広がり、輪王寺は御堂を移転し、東照宮は朝廷の敵として存続の危機に陥るなど、日光山全体に大きな変化を余儀なくされました。これらに対し日光町民によって現状景観を保護しようとする移転運動も起こりました。明治9年(1876)、明治天皇が日光へ立ち寄られ現状をご覧になると、景観を失うことのないようにと御手元金を下賜されました。堂塔の取り壊しを免れた日光山はその景観を失うことなく現在に至ります。
この度の展示が、これから日光山を参拝・散策する皆様に少しでもご参考となれば幸いです。
| 展示品のご紹介 ※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。 |
![]() 【重要文化財】 板絵役行者八大童子像 日光山輪王寺蔵 |
![]() 【重要文化財】 金銅蛭巻入峰斧 日光山輪王寺蔵 |
![]() 家康公・家光公・慈眼大師御影額 日光山輪王寺蔵 |
上記を含め、約60件の什宝を展示しております。 |
| コ川記念財団常設展示 |
ご あ い さ つ
〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団
理事長 コ 川 恒 孝
江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。
コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。
季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
| 四代家綱公の遊芸 |
慶安四年(1651)、三代家光公の逝去により、数え十一歳で将軍宣下をうけた四代家綱公は江戸幕府で初めての幼将軍となりました。この年、由井正雪らによる幕府への反逆行為(慶安事件)が発覚するなど、将軍就任当初は政情不安の感もありましたが、酒井忠勝・松平信綱・阿部忠秋ら先代の遺臣が幕閣を固め、将軍補佐となった保科正之の後見を得て、幕府の支配体制はより強固なものとなっていきました。
養子制限の緩和や殉死の禁、証人制度の廃止といった、大名統制に関する一連の緩和策を実施するとともに、将軍宣下の際、あえて上洛行軍という示威行動を行わなかった(以後の慣例となる)のは、その背景に安定に向かう社会情勢が見て取れます。
また明暦三年(1657)の大火の後、寛文八年(1668)の倹約令や、商品経済の発達が諸藩財政を圧迫し始めたことも影響して、絢爛豪華な大名屋敷は姿を消し、江戸は、防災を重視した質実な都市へと変貌を遂げていきました。何よりも明暦大火で焼失した天守を再建しなかったのは特筆すべきことでしょう。
このように家綱公の治世は29年に及びましたが、生来病弱であったため政策運営は幕閣による協議の上で執り行われました。その嗜好は、特に画技や茶の湯・幸若などに向いていたようです。 社会秩序の安定期に幼少期より将軍職を勤め、ゆったりと遊芸を楽しんだ家綱公の手になる絵画は、歴代将軍の中で最も多く伝えられています。職業画工とは異なる作品の味わいを存分にお楽しみください。
| 展 示 品 目 録 |
| 団扇歌仙 中納言兼輔像 |
| 梅鶏図 |
| 雄鶏図 |
| 達磨図 |
| 恵比寿図 |
| 枯木に小鳥図 |
| 枝に鶯と蝶図 |
| うさぎ図 |
| 鶏籠 |
| 銀製鶏置物(台付) |