【お陰様で好評の内に終了いたしました。】
| 第125回企画展 「大乗経典 法 華 経」 |
平成19年10月12日(金)〜平成19年12月5日(水)
法華経はインド大乗仏教初期に成立した経典で、古代インドの言語であるサンスクリット語で Saddharma-pundarika-sutra
といいます。サッダルマは正しい教え、プンダリーカは白蓮華、スートラは仏教典をそれぞれ意味し、天才的な学僧であり大翻訳僧である鳩摩羅什(344-413)が『妙法蓮華経』すなわち、史上最高の花である白蓮華のようにすばらしい経典と訳したものが現在広く流布しています。
中国の僧であった智(538-597)は、法華経の教えに注目し、注釈書である『法華玄義』や『法華文句』を著すなど、法華経に基づいて教義大系を確立し天台宗を開きました。智が説かれた法華経の神髄を学ぶために入唐した最澄(767-822)は、天台山で法華経を学び、更に密教の伝法を受けて帰国、法華経を基本教典として密教を取り入れた顕密一致の日本天台宗を開きました。日光山輪王寺は天台宗のお寺です。天台宗は、法華経を根本経典とする大乗仏教の一派として最澄以来広く信仰されており、鎌倉時代には多くの日本仏教を生み出す母胎ともなりました。開祖日蓮(1222-1282)が法華経に仏法の神髄を悟って開いた日蓮宗もその一です。近代、新しく興った宗教の多くも法華経精神に基づいており、法華経は「大乗仏教の神髄」或いは「諸経の王」と呼ばれてきました。
法華経は現在八巻二十八品から成っています。「序品 第一」から「法師品 第十」までは 迹門 と呼ばれ、「方便品 第二」を中心とした智慧の教えで、仏教の実践法は大きく分け「声聞乗」「縁覚乗」「菩薩乗」の三つあるが、実は「一乗」一つの真実の教えに帰着する、と主張しています。「見宝塔品 第十一」から「嘱累品 第二十二」までは本門と呼ばれ、「如来寿量品 第十六」を中心とした慈悲の教えで、歴史上に存在する釈迦は仮の姿であり、本体は繰り返し現世に姿を現し、苦しむ衆生(生きとし生けるもの)を救う 久遠実成 の釈迦であることが明かされます。「薬王菩薩本事品 第二十三」から「普賢菩薩勧発品 第二十八」までは、法華経信仰と当時行われていた様々な信仰とが結ばれ、統一されて描かれています。
生き物ばかりでなく塵芥に至るまで、全ては平等に悟りを得ることができるということ。そしてその方法はただ一つ、法華経を信じることであり、様々な方便(手段)が悉く成仏の因縁となること。法華経が広く深く信仰されてきた理由は、全ての人々に成仏を保障し、建設的な実践法を認めている点にあるのかもしれません。
この度、輪王寺に伝えられた法華経、その他の大乗経典を展示致します。大乗とは大きな乗物(教え)のこと。大きな乗物に乗って、仏弟子である 声聞、一人悟りを得ようと励む 縁覚、悟りの真理を携えて自他のために修行する 菩薩、その他、あらゆる 衆生 全てが覚りに達する。 大乗経典の世界をご堪能下さい。
| 展示品のご紹介 ※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。 |
![]() 【 国 宝 】 大般涅槃経集解 日光山輪王寺蔵 |
![]() 普賢菩薩画像 日光山輪王寺蔵 |
![]() 法華二十八品和歌帖 日光山輪王寺蔵 |
![]() 青貝摺経机・経箱 日光山輪王寺蔵 |
上記を含め、約60件の什宝を展示しております。 |
| コ川記念財団常設展示 |
ご あ い さ つ
〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団
理事長 コ 川 恒 孝
江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。
コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。
季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
| 三代家光公とその時代 |
江戸幕府が開かれて二十余年、元和九年(1623)七月、父秀忠公とともに上洛した三代家光公は、伏見城で将軍宣下を受け、二十歳で征夷大将軍となりました。
家光公は、初代家康公が征夷大将軍に就任した慶長八年(1603)の翌年に誕生した、戦国の世を知らない「生まれながらの将軍」です。
家光公が将軍となった当初は、家康公に倣った秀忠公の大御所支配が続きましたが、寛永九年(1632)秀忠公が薨去した後、家光公はただちに肥後熊本城主加藤忠広と弟の駿河大納言忠長を改易し、大名に対し断固たる姿勢を示しました。その後、家光公は幕府の組織・機構を整え、諸大名の参勤交代を制度化し、対外的には、鎖国(海禁)体制を完成させるなど、将軍権力の強化・確立に努めました。
同十四年(1637)に入ると、家光公は病気がちとなり、将軍自ら諸役職を直轄する体制から、老中の下に諸役職を置く幕政機構に改変しました。「将軍−老中−諸職」という、この老中を核とする機構は、以後若干の変化が見られるものの、その後の幕政機構のもっとも基本的な軸となりました。
また偉大なる祖父・家康公に対する尊崇の念は並々ならぬものがあり、巨費を投じて日光東照社の大造替を行い、壮麗絢爛な社殿群を完成させ、江戸城二丸にも東照社を設け、日常的に参拝しました。さらに、度々夢に見た家康公の姿をそのつど絵師に描かせたという「霊夢像」が徳川将軍家と輪王寺に多数伝来します。家康公に対する敬慕の念は非常に深く、家康公と同じ日光に墓所を定めるようにと遺言し、そこに埋葬されました。その霊廟は荘厳華麗な姿を今に伝えています。
10月10日(水)〜12月2日(日)まで、東京国立博物館平成館で、「大徳川展」を開催しています。徳川将軍家、尾張・紀伊・水戸の御三家をはじめ、久能山・日光・尾張・紀州・水戸などの東照宮に伝えられてきた貴重な宝物300余点が一堂に公開されています。霊夢像もすべて出品しております。機会がありましたらお出かけください。
展 示 品 目 録 雄鶏二図 五位鷺図 帰鳶図蒔絵下絵 梅花図蒔絵下絵 鳳凰図 一行「一行雁」 横一行「雪月花」