【過去の特別展】

【お陰様で好評の内に終了いたしました。】


 第126回企画展 「大猷院 -三代将軍家光公-」

平成19年12月7日(金)平成20年2月6日(水)

 大猷院は3代将軍徳川家光公の廟所です。多くの将軍やその正室は増上寺(東京)や寛永寺(東京)に墓所がありますが、初代家康公と家光公のみ日光山に祀られています。

 元和2年(1616)、徳川家康公が亡くなると遺言により、久能山へ埋葬された1年後、日光山へ改葬されました。家康公を東照大権現として祀った日光東照社(現在の東照宮)は元和3年(1617)、2代将軍秀忠公が造営した建物でしたが、寛永13年(1636)、家光公によって大造替が行なわれ、現在のような豪華な建物になりました。

 家光公は祖父である家康公への尊崇の念が強かったといわれます。東照社の造替の他、夢に現れた家康公を御用絵師に描かせる事もありました。祖父のために朝廷への申し立ても行っています。正保2年
(1645)、朝廷に東照社の「宮」号宣下の申し入れを行い、東照宮としました。また、朝廷からの奉幣使を日光東照宮へ毎年派遣するよう申し立て、日光例幣使の派遣が行われるようになりました。自ら日光山へ参拝する事もあり、歴代将軍の中で参拝数が最多となっています。

 家光公は将軍として政治にも様々な要素を取り込み、多くの制度を残しています。元和9年(1623)、19歳で将軍職を譲り受けた家光公は、寺社の造替や、幕府体制確立のための諸制度改革などに着手し、大目付※1)・巡見使※2)・参勤交代※3)の制度などが確立されました。また、諸外国対策として鎖国を完成させています。

 慶安4年(1651)4月20日、家光公は48歳で亡くなり『大猷院殿贈正一位大相国』の諡を賜りました。自分が死んでも祖父家康公の側に仕えたいという遺言により、日光山に葬られる事となり、承応2年
(1653)、東照宮の南西に廟所大猷院が落成しました。遺命により東照宮を凌駕することを禁じたため、白・金・黒を基調色とした東照宮に比べ、大猷院は黒・金・赤を基調とした落ち着いた色合いで仕上げられています。しかし、細部に至るまで様々な意匠が取り入れられながら、周囲の自然に調和した建物となっています。

 平成11年(1999)12月、大猷院は、輪王寺・東照宮・二荒山神社山と共にユネスコ世界遺産に認定され、現在に至ります。


※1) 大名・老中支配の諸職対象とした、一切の政務の観察役。
※2) 諸国を巡見し諸大名の動きを査察する役人。
※3) 諸大名が領地を離れ一定期間江戸に詰める制度。



展示品のご紹介

※ 出陳展示什宝は、予告なく変更する場合があります。


徳川家光像
日光山輪王寺蔵



御膳具
日光山輪王寺蔵


大猷院二十一回御 日光山御堂総図

日光山輪王寺蔵


大猷院二十一回御忌 日光山御堂拝殿図
日光山輪王寺蔵


大猷院二十一回御忌 日光山三仏堂万部読経図
日光山輪王寺蔵
上記を含め、約60件の什宝を展示しております。
詳しくはお問い合せ下さい。 
電話 0288−54−0531


コ川記念財団常設展示
ご あ い さ つ 

〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団   
理事長 コ 川 恒 孝
 江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。

 コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。

 季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

大奥の遊戯ー古典文学とかるたー
 かるたは、天正頃(1573-92)南蛮人の来航に伴って伝来したといわれています。「かるた」の名称はポルトガル語のcartaによったもので、加留多・賀留多・歌留多・骨牌などの文字をあて、カード遊びの札、又その遊びをいいます。江戸時代になると、世相も安定して、一般に生活に潤いを求める風潮となり、公家、武家、また一般庶民の間に種々の遊びが行われるようになりました。かるたは広く流行し、各種の歌かるたや絵合せかるたの類が、外来のかるたに倣って考案されるなど、さまざまな遊び方も生まれます。
最も広く一般に好まれて流行し、正月の遊びの代表的な存在となった歌かるたは、もともと貝覆で貝片に和歌を書いていたのを、貝片の代わりに紙を使うようになったものです。藤原定家が『万葉集』から『新古今和歌集』の名歌人百人とその代表的な歌を一首ずつ撰んだ小倉百人一首や三十六歌仙歌かるたは、上流の子女の婚礼道具として『伊勢物語』『源氏物語』等を題材にした物語かるたと共に欠かせないものとされました。札に書かれた和歌の仮名書きも流麗で、かるた遊びといえども、これを通して女性たちが自然に和歌や物語の知識が身につけ、教養を豊かにする効果も考慮されていたのでしょう。
百人一首等の和歌を読み、その下の句の札を取るという遊び方の基本は現在も変わっていませんが、歌人の絵がある方は上の句を、文字だけの札にはその下の句を示すのが一般的です。

年末からお正月にかけて、江戸城大奥等で用いられた「古今和歌集」や「千字文」、「源氏物語」等の歌かるたを展示いたします。古典文学を踏まえた優雅な遊戯具をお楽しみください。
 
    平成18年(2007) 12月
                    コ 川 記 念 財 団 
                         理事長 コ 川 恒 孝

 
展 示 品 目 録
猩々図
新古今集四季かるた
古今集かるた
千字文かるた
源氏歌かるた
教育かるた
古今かるた


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