【過去の企画展】

【お陰様で好評裡に終了いたしました。】


 第133回企画展 江戸時代の日光 U 

平成21年2月6日(金)4月8日(水)

 徳川初代将軍家康公を東照大権現(とうしょうだいごんげん)として日光山に祀(まつ)り、近世における日光山の地位を確固たるものに再構成したのは、輪王寺第53世貫主(かんす)天海大僧正です。家康公の信任厚く、2代将軍秀忠公、3代将軍家光公にとっても宗教的指導者として存在した天海大僧正は、東照大権現を全国に勧請(かんじょう)し徳川将軍家と徳川幕府の威信を高めたばかりでなく、天台宗の布教に心を砕き、衰退していた日光山の再整備に尽力しました。日光山の境内には、今なお天海大僧正の宗教構想が色濃く遺ります。徳川将軍と天海大僧正が目指した日光には、どのような役割が与えられたのでしょうか。

 江戸に幕府を開いた家康公は、僅(わず)か2年で将軍職を秀忠公に譲ることにより政権の世襲を天下に知らしめたうえで、大御所として2代将軍秀忠公と共に諸制度を整え、260年続く泰平の世を築きました。続く3代家光公は「生まれながらの将軍」として、大名・旗本の身分を制定し、諸外国との貿易を完全統制するなど、諸制度の充実を計ります。将軍の元、幕府が完全に政権を掌握・統制するようになり、幕閣を率いる将軍の力は絶大なものとなりました。江戸時代を通じ、歴代将軍は徳と共に厳しく学問を修め、余技に親しみ、天下万民を平和の内に治めたのです。

 徳川将軍家、徳川幕府を護(まも)る宗教的霊地である日光は、輪王寺宮(りんのうじのみや)と呼ばれる僧職の皇族が治めました。江戸時代を通して皇族が徳川家の始祖を祀る公武合体の特殊な聖地であったのです。歴代将軍は社参(しゃさん)と称してことある毎に日光を訪れ、毎年天皇からは勅使(ちょくし)による奉幣(ほうへい)があり、外国の使節、公家・大名から庶民までが、折々日光を参詣(さんけい)しました。当寺に遺された諸資料を始め、歴代将軍の筆などをご覧頂き、往時の日光山を偲びつつ、その賑わいをイメージして頂ければ幸いです。


展示品のご紹介

※ 予告なく変更する場合があります。



「 天海大僧正像 」

 日光山輪王寺蔵

「 源氏物語 」 和歌巻切
徳川家康・筆

 日光山輪王寺蔵
 

「 観音経 」
千代姫・筆

 日光山輪王寺蔵
 
 


「 尚 玄 」
徳川家茂・筆

日光山輪王寺蔵


「 五言詩 」
徳川慶喜・筆

日光山輪王寺蔵
 
 
上記を含め、約60件の什宝を展示しております。
詳しくはお問い合せ下さい。

電話 0288−54−0531


コ川記念財団常設展示
ご あ い さ つ 

〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団   
理事長 コ 川 恒 孝
 江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。

 コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。

 季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

八代吉宗・九代家重・十代家治
将軍画像と書画

 江戸幕府八代将軍吉宗は、貞享元年(1684)に紀州藩主徳川光貞の四男として誕生しました。しかし、吉宗の兄は次々と死去し、四男であった吉宗が、宝永二年(1705)に紀州藩主となりました。紀州藩主としての在位は12年間に及びました。一方、江戸幕府では六代将軍家宣が正徳二年(1712)、子の家継も享保元年(1716)に八歳で死去し、徳川将軍家の血統が断絶しました。そのため御三家である紀州藩の吉宗が、次期将軍となりました。将軍となった吉宗は、享保の改革と呼ばれる政治を行ない、幕府の統治体制の強化、財政再建を目指しました。その後、延享二年(1745)に吉宗は、子の家重に将軍職を譲り、大御所として死去する宝暦元年(1751)まで、引き続き改革政治を行ないました。

 九代将軍家重は、正徳元年(1711)に生まれました。家重は生来言語が明瞭ではなく、側用人であった大岡忠光のみが、これを理解したといわれます。家重の時代の政治は、享保の改革の路線を継承して、幕府権力の強化を目指すものであり、幕府予算の部局別運用の厳格化や諸藩への統制を強めました。

 宝暦十年(1760)に家重が死去すると、元文二年(1737)に誕生した嫡子の家治が十代将軍となりました。家治は、家重の代から重用されていた田沼意次を中心に南鐐二朱銀の発行などの通貨制度の改革・株仲間の公認・長崎貿易の拡大などの重商主義的政策や蝦夷地の開発の計画などを行ないました。しかし、この九代家重・十代家治の時代は、農民の一揆が大規模になり、飢饉が生じるなど、江戸時代の社会の変化を予兆させる時代でもありました。天明六年(1786)に家治が死去し、江戸で起こった天明の打ちこわしとともに田沼の時代も終わりました。そして、十一代将軍の家斉は松平定信を老中に任じ、寛政の改革がはじまりました。

 今回の展覧会では、享保の改革にはじまり、時代の転換期に生きた将軍の画像と、将軍が書いた画を通して、その時代の雰囲気を感じ取っていただければと存じます。



  平成21年2月

                     財団法人 コ 川 記 念 財 団

展 示 品 目 録

徳川吉宗 像

「五月雨の」
 徳川吉宗・筆


徳川家重 像









徳川家治 像


「 墨馬図 」

徳川家治・筆


「 大黒天図 」
徳川家治・筆

 
(財)コ川記念財団
   http://www.tokugawa.ne.jp

   〒151-0064 東京都渋谷区上原2-35-5-203 TEL03-5790-1110・2620

 日光山輪王寺宝物殿(栃木県日光市)と久能山東照宮博物館(静岡県静岡市)の2館で、
 コ川記念財団の常設展示を行っています。

 機会がありましたら、久能山東照宮へもお出かけ下さい。


 久能山 東照宮 博物館
   http://www.toshogu.or.jp

   〒422-8011 静岡市駿河区根古屋390 TEL054-237-2437

     徳川家康の遺品や歴代将軍の甲冑などを展示しています。

   【開館時間】 午前9時〜午後5時  【休館日】 年中無休 

   【交通機関】 東名静岡または清水I.Cより日本平まで約20分
            JR静岡駅よりしずてつバス「日本平行き」

   【駐 車 場】 日本平駐車場200台を利用(無料)
           〔日本平〕よりロープウェイにて5分



   久能山東照宮博物館でも、コ川記念財団の常設展示を行っております。

このページを閉じる