【過去の企画展】 【お陰様で好評裡に終了いたしました。】
| 第134回企画展 霊地 日光山のはじまり |
平成21年4月10日(金)〜6月9日(火)
日光と聞いて、皆さんは何を思い出しますか?
実は、日光は古代より人々によって信仰されてきたとても古い霊地です。
日光連山の男体山(なんたいさん)や女峰山(にょほうさん)の山頂からは、古代祭祀(さいし)が行われていたと思われる遺物が多数出土しています。仏教徒である勝道上人(しょうどうしょうにん)によって開山されたのは奈良時代のこと。
弘法大師空海(くうかい)撰(せん)による『性霊集(しょうりょうしゅう)』の「沙門勝道歴山水瑩玄珠碑并序(しゃもんしょうどうさんすいをへげんじゅをみがくのひならびにじょ)」によると、天平神護(てんぴょうじんご)2年(766)、沙門勝道が補陀洛山(ふだらくさん)(男体山)の登頂を志し、大谷川(だいやがわ)の激流を渡って小さいお堂を建てました。後の四本龍寺(しほんりゅうじ)であり、輪王寺の発祥です。
その後勝道上人は16年の歳月をかけて男体山登頂を果たし、その後、補陀洛山中腹の湖(中禅寺湖(ちゅうぜんじこ))湖畔に神宮寺(じんぐうじ)を創建、社殿を建立しました。中禅寺と二荒山神社(ふたらさんじんしゃ)中宮祠(ちゅうぐうし)の発祥です。
また上人晩年である弘仁(こうにん)7年(816)には、補陀洛山頂に二荒山三所権現(さんじょごんげん)を勧請(かんじょう)しました。日光三所権現の起源です。
こうして日光山は、平安時代には神仏習合(しんぶつしゅうごう)の霊地として信仰されるようになりました。神仏習合とは、日本古来の神(かみ)が大陸伝来の仏教の仏(ほとけ)と共存する、日本独特の宗教形態です。
通常一つの宗教は他の宗教を排除しようとし、複数の宗教が同時に信仰されることはあまりありません。初詣は神社にお参りし(神道)、バレンタインデーやクリスマスを祝い(キリスト教)、お葬式はお寺で(仏教)というように、同時に複数の宗教を認め信仰するという現代日本人の宗教観は、平安の昔から宗教に対して寛容であった日本人の気質なのです。
日光山輪王寺に伝えられる宝物は、奈良時代から現代に至る凡そ1200年余りの歴史を物語っています。、遺された宝物からは、日光の神仏習合について窺(うかが)うことができます。
古来からの信仰対象であった山の神などの神々が仏教の仏に迎えられ、神と仏が同体であるという思想の元に信仰されており、日光三所権現信仰を始め、山岳宗教(さんがくしゅうきょう)と仏教などの入り交じった独自の宗教観を呈する宝物たち。
明治時代の神仏分離(しんぶつぶんり)政策により現在の体制となりましたが、日光山ははじまり以来、仏と神の共存する霊地であり、今もその信仰は息づいているのです。
日光山 輪王寺
| 展示品のご紹介 ※ 予告なく変更する場合があります。 |
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![]() 重要文化財 「 千手観音像 」 鋳造半肉 日光山輪王寺蔵 |
「 勝道上人像 」伝・勝道上人所用 鉄錫杖(重要文化財) 日光山輪王寺蔵 |
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![]() 「 日光山曼荼羅 」 日光山輪王寺蔵 |
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上記を含め、約60件の什宝を展示しております。 |
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| コ川記念財団常設展示 |
ご あ い さ つ
〜コ川記念財団 常設展示にあたって〜
コ川宗家 第十八代当主
(財)コ川記念財団
理事長 コ 川 恒 孝
江戸幕府開府400年に当たる平成15年(2003)4月に、多くの方々から御支援を頂いて、財団法人コ川記念財団を設立いたしました。
コ川宗家(将軍家)伝来の歴史資料を保存、管理するとともに調査研究し、公開することを目的として設立した財団の常設展示を、コ川家と関係の深い日光の地でできますことは、大変喜ばしく思います。
季節ごとにテーマを決めて、日光山輪王寺宝物殿の所蔵品とともに、コ川記念財団の所蔵品を一堂に展示することで、江戸幕府にとって日光が果たした役割や意味を、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。
| 五代綱吉とその時代 |
正保3年(1646)三代将軍徳川家光の四男として江戸城内に生まれた綱吉は、幼名を徳松といい、慶安4年(1651)長兄家綱が四代将軍に就任すると同時に、15万石を与えられ大名になります。
それから二年後の承応2年(1653)に元服、従三位中将兼右馬頭(じゅさんみちゅうじょうけんうまのかみ)に就任し綱吉と名乗り、寛文元年(1661)には上野館林(こうづけたてばやし)に封ぜられ25万石を領しました。
延宝8年(1680)5月6日、四代将軍家綱が嗣子に恵まれなかったため、その後継となり、同月8日に五代将軍に就任しました。前代に権勢を振るい、下馬将軍の異名をとった酒井忠清を罷免し、幕府の実権を譜代門閥層から自らの手に掌握するとともに、その後も治世不良の大名を次々に減封処分にするなど「賞罰厳明」の策を意欲的に進め、民政・財政を重視し、これを専管する老中に堀田正俊を任命、勘定吟味役を設置して、幕僚支配の刷新を図り、年貢未進など不正代官を大量処分しました。こうして、弛緩しつつあった幕府機構の綱紀を粛正し、大名・幕臣・代官などへの統制を強めた綱吉の施政は、後に天和の治と称されます。
なお、綱吉は学問を尊び、将軍に就任してからは儒学の教えを現実の政治の上で反映させるべく、代官に人民を統治する精神を訓示する他、幕臣を集めて自ら講義を行いました。
「生類憐れみの令」も本来は儒教や仏教による人心強化を意図したもので、生母である桂昌院が宗教への関心が高かったため、各地の自社仏閣の修理にも力をいれています。このように、儒学を重んじた好学の君主である綱吉は、動植物に優しいまなざしを向け、多くの書画を遺しています。
今回の展覧会では、徳川宗家に伝来した五代綱吉の自筆の書や画を通して、その人物像の一端を感じていただきたく存じます。
平成21年4月
財団法人 コ 川 記 念 財 団
(財)コ川記念財団 http://www.tokugawa.ne.jp 〒151-0064 東京都渋谷区上原2-35-5-203 TEL03-5790-1110・2620 日光山輪王寺宝物殿(栃木県日光市)と久能山東照宮博物館(静岡県静岡市)の2館で、 コ川記念財団の常設展示を行っています。 機会がありましたら、久能山東照宮へもお出かけ下さい。 |
![]() 久能山 東照宮 博物館 http://www.toshogu.or.jp 〒422-8011 静岡市駿河区根古屋390 TEL054-237-2437 徳川家康の遺品や歴代将軍の甲冑などを展示しています。 【開館時間】 午前9時〜午後5時 【休館日】 年中無休 【交通機関】 東名静岡または清水I.Cより日本平まで約20分 JR静岡駅よりしずてつバス「日本平行き」 【駐 車 場】 日本平駐車場200台を利用(無料) 〔日本平〕よりロープウェイにて5分 久能山東照宮博物館でも、コ川記念財団の常設展示を行っております。 2月28日(土)〜4月24日(金) 「公爵徳川家達」 4月25日(土)〜6月26日(金) 「徳川慶喜と幕末の静岡」 |