日光山輪王寺

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法話

新型コロナウィルスのこと

新型コロナウィルスのこと

輪王寺 総務部長

鈴木常元

 

 地球温暖化による異常気象・度重なる自然災害・核戦争の脅威などを憂えていたら、思わぬ相手が現れて、瞬く間に爆発的な拡がりを見せた。

 この拡大は今、世界中に増殖する「自国ファースト」「自分ファースト」「人間ファースト」な人たちの活動と無関係ではないだろう。それが私たちを蝕んでいる。

 しかし、このウィルスは倒すべき「敵」なのだろうか。今、人間はこのウィルスと「戦争」をしているのだろうか。ならば人間が「勝利」する日は来るのだろうか。

 ウィルスも私たち人間と同じ、生命体のひとつではないのか。

 

 天台宗の開祖・伝教大師最澄様が私たちのために遺された「一隅を照らす」というお言葉。

その実践のための三つの柱は「生命・奉仕・共生」。

 私たちの「生命」を脅かす存在と、どうやって「共生」してゆけばよいのか。自然災害と大きく違うところは、感染した方たちのところに駆けつけて「奉仕」活動ができないこと。感染者はもちろん、人々の暮らしを支えるために店頭に立つ献身、医療現場で命をも省みず尽くす崇高な魂たちに対し、私たちが協力できることは「外に出ないこと」。それが一番の方法であり、且つ、ただ一つの方法なのだということが悲しい。

 

 今、私たちの品格が試されている。こんなときに人間の真の姿が放り出される。誹謗中傷や偏見や差別が生まれ、奪い合いや独り占めが日本中で行われている。収束後、私たちは、はたして「自分は人間の名に恥じなかった」と胸を張っていられるのだろうか。私たちは試されている。人間が無力であるのなら、せめて行儀が悪くならないように生きていたい。

 まだ見ぬ未来のため、私たちが何かをするのは「今」という時と「ここ」という場所。私たちは今、ここで、できるだけ具体的なことをすることが必要だ。また、できるだけ具体的なことをしないことが必要だ。

 

 気がついたら春になっていた。

 いろいろなことが中止になり、延期になり、規模が縮小されたりして、多くの人々がたくさんのことを我慢しなければならなくなっているけれど、それでも春は来た。花が咲き、鳥が啼いている。おそらく、二ヶ月ほど経つと梅雨に入り、そして夏が来るのだろう。

 今まではそれが当たり前だったのだ。まったく、なぜ人は、自由の尊さ、命の尊さ、当たり前のことが当たり前に行われることのありがたさに、こういう事態になるまで気づけないのだろうか。見るもの全て、聞くもの全て、輪郭が濃くなり、色鮮やかになってくる。ああ、世界はこんなにも美しかったのだと。

 「始まれば終わる」。お釈迦様の教えてくださったこと。「生まれたものは必ず死ぬ」。「出会ってしまったものは別れなければならない」。良いことは続かないが、悪いことだって必ず終わりが来る。全ては移ろい、全ては変わり続けて行く。そう、変わり続けて「行く」のだ。無常の姿のまま、永遠に続いて行くのだ。収束の日は来る。少なくとも事態は変わる。そのときのために、私たちは「今」を生きるしかないのだ。 

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