日光山輪王寺

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法話

鞘仏さん

鞘仏さん

 

輪王寺 宝物殿館長 柴田立史

 

 中禅寺湖の奥地の千手浜では、もうそろそろ九輪草の花盛りの話題が口の端にのぼる頃かと思います。可憐な花の群生と出会えるのは、澄みきった空気のお陰で、ここを訪れると心が和みます。

 もう4年ほども前になりますが、この浜に千手堂が落成しました。平安時代の伝説にあるお堂なのですが、遺跡だけになっていたものを地元の方達の努力で復興されたものです。このお堂のご本尊様は千手観音立像なのですが、それ以前は輪王寺本堂の後ろの護法天堂というお堂の脇室にお祀りされていた仏様です。千手堂の落慶に合わせてお像の修理をいたし、綺麗なお姿になってお移り頂きました。

 その修理のためにX線撮影をしましたところ、中にお像が納められていることが判りました。こういう仏像を「鞘仏(さやぼとけ)さん」といいます。元の仏像が古くなってボロボロになってしまったり、自然災害や火災などで悲しいお姿になってしまわれた時に、胎内に元の御像を納めてさしあげて、新しい綺麗なお姿となって、お参り頂けるのです。とても手間のかかる修理とは思いますが、それまで数百年間の間、祈り続けられ、信仰され続けた仏様です。そのお方が再生されて、これからも願いを受けとめてくださる。嬉しい心遣いが結晶したお姿と云えましょう。

 この御像の記禄をたどると、明治期に日光の町中の漆器商さんが寄付したと書かれていました。でも、お厨子の中には銘札(めいさつ)が残されていて、江戸末の安永八年(1779)にこの厨子を造ったと記されていました。それも銘札には、納めてある御像は「中禅寺立木末千手観世音菩薩」様だと大書されていました。この御像は中禅寺の御本尊様の立木観音像の末「残り木」から彫った御像だと云うのです。

 ですから、始めは中禅寺湖岸の立木観音堂の御本尊様の同じ大木から造られた小観音様が、数百年の間どこかのお寺にお祀りされていたのだけれど、災害にあって鞘仏さまの姿で再生され、さらに数百年信仰されていた。それが江戸時代か明治の頃に事情があって日光町の人のものとなった。そして輪王寺に奉納され、さらに明治から百数十年過ぎて湖岸の千手堂の再建のおりに本尊様として中禅寺湖にお戻りになられた。永いながい時間の中で、巡りめぐって、湖水の眺められる場所に戻られた仏様なのです。 これからも、みんなの願いや祈りと共に千手堂から見守ってくださる。そのお手伝いに参加出来たのは私の貴重な、不思議な、嬉しい経験でありました。

 (毎年八月四日に湖で船禅頂が行われ、この千手堂のお祈りの時だけ、鞘仏さんにお会い出来ます。コロナ禍が去ってからとなりますが)

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