日光山輪王寺

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法話

背中を押す手

背中を押す手 ──松山英樹選手のこと──

       輪王寺 総務部長

           鈴木常元

 

 半年前の話だが、2021年の“ゴルフの祭典”マスターズは、松山英樹選手のアジア人初の勝利で幕を閉じた。自身初挑戦から10年の歳月を要した。

 松山選手が初めてマスターズに招待された年、東日本大震災が東北地方を襲った。彼の通う大学が仙台市内にあったこともあり、被災地・被災者のことを思いやって、出場を辞退することも考えるが、迷う彼の背中を押したのは、ほかならぬ被災者の方々であった。「被災地のためにも出場して」「挑戦し頑張る姿を見せて」と、多くの声が寄せられた。それに背中を押され渡米した松山選手は、アマチュアの中で最高の成績を治めた。

 想像だが、このとき松山選手の中で『誰かのために戦う』『誰かとともに戦う』という思いが確かなものになったのではないだろうか。勿論この寡黙なチャンピオンは、もともとそういう覚悟を持った選手なのであろうが、「自分はひとりだけで戦っているのではない」「自分のためだけに戦っているのではない」という思いが、そのときに、より鮮明になったのではないだろうか。

そして今年、「10年前に背中を押してくれたたくさんの手は、今でもこの背中を押してくれていたのだ」「あれからずっと、否、それよりもずっと前から、自分は誰かに背中を押し続けられていたのだ」という、温かく力強い感覚を全身に漲らせ、松山選手は戦っていたのではないだろうか。彼は今回の勝利を、背中を押し続けてくれた人たちとともに勝ち取った勝利であると確信したであろう。

 

 我が身に置き替えてみれば、この背中は生まれた時からずっと、いろいろな人が入れ替わり立ち替わり押してくれている背中だということに、改めて気づく。

 背中に人の手の温もりを感じる。健康で順調な時には気づかなかった温もりが、苦しみのときに、染みる。「今、こうして立っていられるのは、誰かの手がこの背中を支えてくれているからなのだ」と。「嗚呼、これまで、どれほど多くの手がこの背中を押してくれていたのだろうか」と。

 そして感じる。背中だけではなく、我が掌にある温もりも。その温もりは、私が支え、私が押す誰かの背中の温もりなのだ。手を添えていないと倒れてしまいそうな誰かの背中に、私はそっと手を添える。あと一歩を踏み出せない誰かの背中を、私が優しく押す。私たちは誰かに支えられ、誰かを支えている。

 そして感じる。どんなときにもこの背中に添えられている大いなる手の感触を。それはお釈迦様の手だ。お釈迦様は、全ての命にその大きな手を添えられている。あるときは背中を押してくれる。そしてあるときは、倒れた私たちを、倒れたままの私たちを、傍らでじっと見守っていてくれる。

私たちはいつもお釈迦様の手に支えられている。

そして、ときには私たち自身がお釈迦様となって、その手で誰かを支える。背中に、掌に、温もりを感じる。

 

 全てが終わった18番ホールのグリーン上、松山選手の背中を押し続けたひとりである早藤将太キャディーは、カップにピンを挿し、帽子を取ってコースに一礼した。松山選手の背中を押し続けてくれた全ての人と、オーガスタの女神への感謝であっただろう。

 そして、早藤キャディーの、夕日に照らされたその背中にもまた、数え切れない人たちの手と、お釈迦様の大きな手が添えられていた、に違いない。

 

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