日光山輪王寺

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宝物殿

幻の寺院 寂光寺-地獄からの救済-

日光山輪王寺宝物殿 所蔵品展

 

幻の寺院 寂光寺地獄からの救済-

 

2022年6月17日(金)から 8月 16日(火)まで

ごあいさつ

 寂光寺(じゃっこうじ)は日光山内の西,寂光の滝の傍らにあった寺院です。弘仁11年(820)に弘法大師空海が瀧尾に次いで開いたといわれ,室町時代から江戸時代にかけて広く信仰を集めました。しかし神仏分離後の明治10年(1877)に火災に遭い,寂光権現の本社をはじめとする伽藍(がらん)は烏有(うゆう)に帰してしまいました。今は若子神社として往時の姿をわずかに忍ばせます。

 寂光寺は様々な伝説で彩られています。弘法大師は寂光の滝で修行をした後,自ら不動明王をつくり,不動堂に祀った。天台宗三祖で唐から密教を伝えた慈覚大師は求聞持堂(ぐもんじどう)に自作の虚空蔵菩薩を祀った。比叡山の僧侶で「往生要集」の著者たる恵心僧都源信はこれまた自ら作った阿弥陀三尊像を常念仏堂(じょうねんぶつどう)に祀った。

 こうした伝承は,真言宗に限らず,天台宗や浄土教の影響も大きかったことを伺わせます。一方で日光三山のひとつ女峰山の登山口として修験者の拠点でもあり,いわば日光山の縮図のような寺院だったのです。

 室町時代,覚源上人による地獄巡りの様子や,地獄での責め苦からの救済を説く『寂光寺釘念仏縁起』を中心として,寂光寺から輪王寺に伝わった什宝を展示いたしました。今では失われてしまった寺院に思いをはせていただければ幸甚です。

 

令和 4年6月 輪王寺宝物殿

 

【主な展示品】 ☆国宝 ◎重要文化財 ○栃木県指定文化財

 

☆大般涅槃経集解 第42巻          1巻 平安時代

  ◎鋳銅半肉千手観音像           1面 平安時代

   絹本着色寂光寺釘念仏縁起   1巻 元禄5年(1692)

  ○古能面 老女・老翁                2面 延享2年(1745)

  銅造閻魔王坐像                   1軀 正中2年(1325)

    銅造地蔵菩薩坐像                  1軀 嘉暦元年(1326)

    竹虎漆絵手箱                         1合 享禄3年(1530)

 

日光山の仏像・神像

 

ごあいさつ

 

 奈良時代後期,日光山は僧・勝道上人によって開山されています。以来1250余年の歴史を今に伝えて現在の日光があるのです。

 その特色として,神仏習合(仏と神は同体)が根底に流れるものであり,男体山・女峰山・太郎山を御神体とし,千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音を本地仏(本来の仏の姿)として,仏神両面の祈りが行われてきた霊場です。

 そのお姿を表現した古来の尊像には,まさに両面性が体現されています。そして鎌倉期,江戸期へと時代が移り,徳川将軍・家康公が神として鎮座され(本地・薬師仏),子孫の家光公も大猷院(本地・釈迦仏)に鎮まります。仏教の儀軌(形式規則)に則った姿にはなっていますが,「山」と「神」と「仏」の奥深いつながりは,日光山の風景と空気のすがすがしさの中に流れ続け,神仏として祀られる霊地としてあり続けています。

 日光山を散策して,日本人の感性の中にいつも息づいているものを感じていただく一助となれば幸いとするものです。

 

令和4年 輪 王 寺 宝 物 殿

 

【展示品】 

木造菩薩立像                 1軀平安時代

木造僧形半跏像                1軀 平安時代

木造聖観音立像                1軀 南北朝時代

木造十一面観音立像          1軀 元禄6年(1693)

 

 

 

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