日光山輪王寺

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法話

『字のない葉書』

『字のない葉書』

 

輪王寺 執事長

今 井 昌 英

 

 先日、携帯電話会社の大規模な通信障害で、電話、メール、電子決済など様々な通信サービスが何日も滞ったというニュースを見て、ある体験を思い出しました。

 それはある日、出張の道中でスマートフォンが突如として不調になった時のことです。スマホには相手の連絡先や特急券の予約データなどが全て入っています。焦る気持ちを抑えて30分近く格闘した挙げ句、何とか再起動できて事なきを得たのですが、それにしても、通信障害で何日も不便を強いられた方々のご心中いかばかりかと察するに余りある、プチ事件でした。

 電話といえば、「呼び出し電話」というのを思い出します。同級生の下宿がまさしくそれで、電話のつど呼び出す大家さんも大変ですが、呼び出される方も、とても恐縮しながら電話に出ていました。夜遅くの電話など、よほどの重大事でなければ出来ません。ですから彼は、まめに公衆電話から実家に無事を知らせていましたし、帰省する時は事前にハガキで知らせるのだと聞いて、ずぼらな私は、その律儀さに心底敬服したものです。

 さて、ハガキと聞いて連想されるのは、向田邦子さんの『眠る杯』というエッセイ集に載っている「字のない葉書」という秀作です。

 戦時中、小学校一年生になる妹が学童疎開することになりました。父親は大量のハガキに自分の宛名を書き、元気ならこれにマルを書いて毎日出しなさい、と幼い娘に渡しました。はじめのうちは元気よく書かれた大きな赤い○が届きますが次第に小さくなり、そのうち△になり、ついに×になってしまいます。心配した母親が疎開先を尋ねると、妹は百日咳(ぜき)を患い、シラミだらけの頭で布団部屋に寝かされていたのです。帰ってくる妹のためにと、兄弟達は家で育てるありったけの南京(かぼちゃ)を採って待っています。家の角まで戻って来た妹を見つけた父は、思いあまって裸足で飛び出し、妹を抱きしめて泣きました。そして「私はその時、大人の男が、声を出して泣くのをはじめて見た」と結ばれます。

 このエッセイに今も心打たれるのは、「どんなに遠く離れていても人々はみな『心』で繋がることができる。たとえそれが死に別れ、ということであったとしても…」という真理があるからでしょう。

 電波など使わずとも、それを超えた見えない力が、いつも私たちを結びつけていてくれる。それこそが大切なのだということを、これからも忘れないでいたいものです。

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