日光山輪王寺

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法話

日光山と勝道上人

日光山と勝道上人

輪王寺 総務部長 鈴 木 常 元

 

「日光山は今を去ること1250余年前、勝道上人(しょうどうしょうにん)によって開山された」と、伝えられている

上人については様々な研究がなされているが、なにしろ奈良~平安時代の人である。有力な資料が少なく、「実在しなかった」という説まである。

では、もし上人が実在しなかったとしたら、日光山は現在のような聖地であっただろうか?

上人の存在の虚実に係わらず、日光山は今、聖地として、ここに、ある。日光の山は、間違いなく何者(たち)かの手によって開かれたのだ。いつか、どこかの誰かによって開かれることになっていたのだ。

日光山には、聖なる山々に抱かれるように、『日光の社寺』として世界遺産に登録されている多くの堂塔社殿が、今も、在(あ)る。しかし、より重要なことは、旧跡が残っているということではなく、今も日光山には、信仰の地として、祈りと修行の場として、遙か昔の人たちの思いが消えることなく生きているということ、息づいているということ、血が通っているということである。それは、古(いにしえ)の人たちの思いが生きているということである。

 時の流れは無始無終。勝道上人以前の遙か遙か昔より、日光の山々には神仏が御座(おわ)した。人々はそれを知っていた。それに気づいていた。だから、いつの時代であったとしても、どこからか誰かが日光山にやって来て、補陀洛山(男体山)の頂を目指したはずなのである。数多(あまた)の人々が、幾度拒まれたとしても、必ず次の誰かが、次の「勝道上人」が現れる。そして、「勝道上人」は山を開く。更にその思いは、民衆の信仰の底力によって後世に伝えられる。それは次代へ次代へと受け継がれて行く。

私たちは、日光山を開いた人(たち)のことを、畏敬の念を込めて「勝道上人(しょうどうしょうにん)」と呼ぶ。勝道上人は、誰の中にも、いる。今の時代であれば、名も無いあなたの中にも、名も無い私の中にも、勝道上人は、いる。勝道上人は、間違いなく、存在する。間違いなく、存在した。

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