日光山輪王寺

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法話

德川家康公坐像の公開について

德川家康公坐像の公開について

 

輪王寺宝物殿館長
  柴 田 立 史

 


 令和5年3月1日から輪王寺三仏堂で德川家康公の尊像が一年間公開されることとなりました。
 高さ22.5㎝のお厨子に収まる坐像ですが、その凜とした居ずまいからは厳(おごそ)かな力強さが伝わってまいります。
 この御像の伝来は江戸・寛永寺の一山支院に伝わった江戸後期の御像で、堯諄(ぎょうじゅん)という僧侶が神様(東照神君=家康公)へのお祈りを込めた御像です。
 日光山輪王寺と上野の寛永寺さんとの関係を説明しますと、江戸時代の両寺の住職は輪王寺宮法親王が兼務しているのです。江戸にいる時は寛永寺住職の輪王寺宮様ですし、日光山にいる時は日光山住職の輪王寺宮様として、輪王寺住職であり、東照宮の主催者であり、二荒山神社の主催者でもあるわけで、統轄者としてのお勤めを果たされていたのです。
 その寛永寺の一山支院住職の堯諄さんが日々にお祈りしていたのが、こちらの東照神君(家康公)像なのです。ただし、お厨子の墨書銘に堯諄師は「大行満大阿闍梨」と書いています。この称号を名乗れるのは比叡山の千日回峰行を成し遂げた人だけに許されているのです。まさに修行者の中の行者様であり、京都御所に参内して、修行を満じたおりに天皇様にお加持をすることができる行者様なのです。それほどの大修行を修した人なのだから比叡山か京都のお寺で活躍するのかと思うのですが、堯諄さんは寛永寺へ戻っておられるのです。もっと調べてゆくと、堯諄師のお師匠様の堯詮師も、そのまたお 師匠様の法珍師までも回峰行一千日を成し遂げておられたのです。三代続いて萬行されていることも、記禄類には喧伝されているようには見えません。
 堯諄行者さんが「家康公坐像」を護持し、日々に祈りを込めるとしたら、それは家康公ご自身が築き上げた江戸幕府の平和・繁栄を神として守ること。お江戸に住む人々、ひいては日本国中の人々の平和と繁栄と安寧を守ることであると思われます。上野のお山から「大行満大阿闍梨」である行者さんが日々に祈り続けていた『東照神君家康公像』なのです。
 この御厨子の上部の御簾の中央に円形の懸(かけ)仏(ぼとけ)が掲げられています。薬師如来のお姿です。この神様の仏様としての姿を本地仏と云います。さまざまな思いを抱く人々へ、その人に一番合った薬(処方)を授けて下さる仏様です。
 堯諄師は外厨子に署名を墨書していますが、そこには「大行満大阿闍梨救生堯諄」と記しています。救世(世の中をよくする)ではなく救生(生きるを助ける)と書いておられます。

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